ちょっとそこまで

~何気なく撮った写真とバイクと旅の記憶~

旧大分ホーバー基地跡の現在の様子(2013年7月現在)

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2013年7月18日水曜日
大分ホーバーフェリー廃止から既に3年以上が過ぎた大分ホーバー基地跡を訪れた。
ホーバーが元気に海上を飛び回っていた跡を探しに出かけた。

いつもの京築アグリライン(響さん曰くHFR)を大分方面に向けて快走。北九州から大分方面へのツーリングで利用するバイクも多く、定番コースになりつつある。くれぐれも、スピードの出し過ぎと一時停止の見落としがないように注意していただければと思う。

大分市の田ノ浦ビーチ。高崎山の麓にある、人工の海水浴場だ。

田ノ浦ビーチから別府の町並みを遠くに見ることが出来る。別府は鶴見岳の緩やかな斜面に沿って街が形成されており、夜の田ノ浦ビーチから見る別府の夜景は、天に向かって伸びるように輝き、実に素晴らしい。

大分ホーバー基地跡にやって来た。既に廃止から3年以上過ぎ、乗り場の建物や格納庫は既に無くなっている。海から上陸するスロープは残っているが、海から打ち上げられたゴミが堆積していた。

ここから水しぶきを上げながら、空港を目指して出航していた。今は静かに打ち寄せる波の音だけが残る。


スロープ付近に、朽ち果てたパネルを発見。『危険 立入り禁止』と書いてあるように見える。

よく見てみると、左下に消えかけながら『大分ホーバー』と書いてあるのが何となく分かる。

待合室や大分ホーバーフェリー社屋があったと思われる場所には、自動車の修理工場が建っていた。

大分ホーバーのりば入口にある、大分市内の観光地図。高崎山のサル等のイラストの中に、よく見るとホーバーのイラストが描かれていた(写真中央)。ホーバーは交通手段であり、大分の観光名物でもあったことをうかがい知ることが出来る。

錆びて朽ち果てたタクシーのりばの立ち看板。そして奥には、空港特急バスのりばが新設してある。近隣は新日鉄をはじめ大きな工場が多く、出張で空路を利用するかつてのホーバー利用者へ向けた措置だと思う。

ホーバー基地前の小さな公園に、少女の銅像が海を向いて立っていた。ホーバーの帰りを待っているのかもしれない。